2017/09/09

ばか詰既発表作より

 最近はフェアリーのほう、特にプレーンなばか詰に興味が戻っています。
 その一環で過去の自作も見直したりしていると、ちょっと推敲不足なところが鼻につきます。手を加えられそうなものに手をつけてみました。

徒然草の「能をつかんとする人~…」ではありませんが、私がかけだしの頃、当時の投稿作にGOサインを出したことは全然悪いことではなく、むしろどんどん出せとは思います。思いますが、まあ、至らないところを目の当たりにすると赤面する限りですね汗

  以下に図面を載せます。初めて見た方は是非解答にもチャレンジしてみてください。ばか詰の水準よりかは易しいと思います。飛躍した手は望めません…。

ばか詰 7手 (詰将棋パラダイス/2009年4月) 修正
2017-09-09b.png

 8年前…何歳だよ。
 修正図は名刺にも採用しました。

ばか詰 9手 (Web Fairy Paradise/2013年5月) 修正
2017-09-09c.png

 単純に1枚減りました。
 一番駒数が少ない図が一番良いとは限りませんが、私のつくり方に関して言えば、一番駒数が少ない図にたどり着きそれと見比べないまま投稿してしまったのは良くありません。

 他にも「なんだこの配置は(怒)」と思って色々手を加えたくなった自作はありますが、実際に色々やってみるとやっぱりうまくいかず、ちょうど当時したであろう苦労をそのまま辿る結果になったようです笑
 
 0からの構想力も、読みの力も無い自分が生き残ろうと思うなら、どんな小さな芽でも本腰入れてこだわりぬく道しか残されていないので、今後は初めての投稿で完成・完結させないといけませんね。


 解答や簡単なコメントは近いうちにコメント欄に書きます。
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2017/09/02

詰工房参加記


 8月27日、詰工房に行ってきました。
 東京で観たい美術展もあったので、ちょうどいいかな~と思って軽い気持ちでバスとか予約したんですけど、宿泊代節約して夜行バスの往復にしたのが大悪手。もうしんどいのなんの。ようやるわ。

 6時品川到着。
 朝飯にラーメン食べたり等々力渓谷散歩したりなんやかんやして10時ぐらいになって吉田博展(良かった)に並んだりしました。その後も月岡芳年展(良かった)行ったりとかなんやかんやあり、肝心の詰工房には2時間の遅刻。どこに行くにも混んでましたからね・・・。
 というわけで詰工房本会のほうのレポートがほとんどできません(何やってんだ)。



 会場到着後は角さんの駒を拝見して鑑賞しておりました。ありがとうございました。
 書体だったり作者さんだったりは勉強しているものの、やはり百聞は一見に如かず。「彫りがうまい作家だ」などとは知っていても実際の彫りを見ていないのでは本末転倒です。大変勉強になりました。
 今後は木地についてもより一層勉強しないといけないな、と思います。
 
 そうこうしていると春霞賞候補作選考に移りました。候補作は4作で、投票で決定。
 
 …私が書ける本会レポートはこれぐらいしかありません!!!!

 ですので、今回のレポートは飲み会の話中心になります。
 大きなテーブルで2手に分かれて白熱した詰将棋トークが繰り広げられました。
 私は主に若手中心のグループの机に陣取り、明日自由なのをいいことにグビグビ飲んでおりました。
 主な話題は以下の4つでしょうか。

1,来年の詰将棋全国大会
 来年は東京ですね。関東の若手中心に計画が動いているようで、その相談もあったようです。
 会場も決まったようですね(詰将棋メモ)
 来年も行けたらいいなぁ。

2,新作
 久保さんの新作を解図、鑑賞。
 私の解図力がミジンコ並みなのはまあ周知の通りとして、狙いに気付けなかったのは痛恨ですね。アンテナ張らないと。
 そんなわけでその時はきちんとしたリアクションが取れなかったのですが、落ち着いて考えるとやっぱり感動しました。

 青木さんのフェアリーの新作を解図。
 青木さんのばか詰は、どの作品もきちんと狙ってくれているのが嬉しいですね。近年のばか詰にはあまり見られない(別の方向性の)精神だと思いますので。

 あと自作も見てもらいました。感想ありがとうございました。

3,これからの名作選
 短編名作選は本当に素晴らしいプロジェクトでしたね。もう何冊も買ってしまいました。
 中編名作選にも期待がかかります。

 それとはまた別に、フェアリーの名作選(アンソロジーといったほうがいいかも)に期待する話もありました。具体的なプロジェクトになっていけば嬉しいですね。
 私も何かしらお手伝いできればと思います。
 そんなわけでFairy Databaseなどで過去作を色々調べたりして考え事しています。

4,うまとり會
 集計結果が出たそうですが、最終的な結果を聞くのは我慢(笑)
 10月号を楽しみに待つことにします!

 とり研があんな辺鄙なところじゃなけりゃあもうちょっと便利なんですけどね…!
2017/08/26

詰将棋鑑賞、超入門!(3前)変化紛れ

※「鑑賞は初めてだなあ」という方向けの記事です。
※本記事は特に初めての方向けです。

 今回は変化・紛れの概念とそれが鑑賞にどう影響してくるかについてです。
まず用語の解説。
(以下 80年代ショート詰将棋ベスト200 詰将棋用語集より引用)

[変化]作意以外の玉方の応手により生じる手順。これが詰まない作は不詰である。
[紛れ]作意以外の攻方の着手により生じる手順。これが詰む作は余詰である。

※作意=作者が意図する正解手順。



 もう少し詳しく説明すると、受方は応手の分枝の中で一番長い手数生き延びることができる手順(=作意順)を選ばないといけないというルールがあり、その作意順と明確に区別できる(作意より短く詰むor同手数ながらも攻方駒が余る)分枝を「変化」と呼び、区別がつかない(同手数でしかも駒が余らない)分枝を変同(=変化同手数)と呼びます。変化を答えても正解にはなりませんが、変同を答えたら正解扱いになります。

 堅苦しい用語だけではピンとこないですし、実例で示します。

古作物

2017-08-26a.png

(A)23銀打、(イ)13玉、12銀成、(ロ)同玉、23金 まで5手詰

 紛れ記載に該当するところにA,B,C
 変化記載に該当するところにイロハ…とつけるのが一般的な記載法です。

■変化
(イ)2手目31玉という手もありますが、これは32金までで最長の5手詰より短く詰みます。こちらの手順でも詰んでいるものの、こちらの手順を答えても正答とは言えません。
(ロ)4手目同香も23金まで。24玉には25金まで。
 これらの手順は作意と同じ5手詰で、攻方駒も余っていません。ですのでこれは変化同手数。この順を答えても正解となります。

■紛れ
(A)初手23金は31玉とされ、32銀と頑張っても42玉と逃げられ詰みません。

 お察しの通り、変化紛れは書こうと思えばいくらでも書けますし、全部記載するととんでもないことになります。ですので、詰将棋本では全部の変化紛れが記載されることはなく、必要なものに絞って記載されています。
 
 変同に関してはまた別の機会に話します。



 概念の説明が終わったところで、さてここからは鑑賞論です。
 
 まずざっくりした問いを立てましょう。
Q「詰将棋は変化・紛れが多いほうが難しくなるか?」
 答えはYESです。多岐にわたる変化紛れがあれば作意を見つけるのが難しくなりますし、その枝のそれぞれが深い(≒長い手数を読まないといけない)ほうが読みの作業が大変になります。

Q「詰将棋は変化・紛れが多いほうが良いか?」
 変化紛れが多いほうが情報量が増えるのですから、なんとなくYESっぽそうですよね?
 しかしこれは作品によるとしか言いようがありません。
 『あまりにさっくり解けすぎるのは良くないから、適度な変化紛れは必要。しかしあまり煩雑になりすぎるのも良くない…。』というのが無難な回答で、大体の作品の評価に使える考え方なのですが、「さっくり解けすぎることを売りにしている作品」、「殺人的な難しさで評価された作品」というのも登場しているので必ずしも全ての作品を一括りに考えることができないのです。


 詰将棋の評価法で、よく「難しければ難しいほどいい作品なのか」という疑問を耳にしますが、詰将棋作品は難しさを最重要課題として作られているわけではないことは是非覚えて帰ってほしいです。むしろ最近では夾雑物を廃したシンプルな仕上げ(変化紛れが平易になりやすい)が好まれるようになっているぐらいです。
 難しさはプラス要素にもなれば、マイナス要素にもなりうるものです。その作品が(ざっくり二項対立にしてしまうならば)重厚なほうがいいのか、さらりと流れるように味わうべきなのか、そのアトモスフィアを感じ取った上で、難解性がプラスに働くかどうかしっかりと吟味しないといけないのです。 



 ところで、最近SNSで最も短手数の看寿賞受賞作品が紹介されていましたね。



 ご存知の方も多いでしょう。
 これほどの誤解者を出した3手詰ということは、最難解の3手詰とも言えるのでしょうが、変化、紛れの多さという意味の難しさで考えるとどうでしょう?実はそんなに多くないのです。
 初手は香を開くぐらいしかありませんし、その開き場所全ての場合を読んだとしてもたかが知れています(このことは本作の評価にプラスに働いていると私は思います。フォーカスが絞られているからこそ、作意順に登場する香限定移動が目に焼き付き、強く印象に残るのです)。
 全部を読めば誰もが正解順にたどり着いた。しかしそうならなかったということは、詰んでいない順を詰んでいると錯覚したということになります。

 おそらく多くの方はこう回答したのでしょう。
 
 73香成、(イ)97龍、74龍まで???
 (イ)54玉も56龍で詰んでいる。どう応じても詰んでいるようにしか見えない。だからこの順が正解としか思えない。

 しかしこの73香成に対しては妙防がありました。86歩!
 74地点には龍の利きが残っているので74龍ともできず、86同角しかありませんが、54玉、56龍に98龍!と根元の角を取られてひっくり返ります。
 
よって本作の正解順を記載するとこうなります。

 72香成!、97龍、73龍まで3手詰

 こうすれば86歩合とされても構わず73龍とできます(変同ですのでこちらの順を答えても正解とは思いますが、変同のなかでも終形が最もさっぱりしているもののほうを選ぶのが見栄えが良く好まれます)

 作意のようにみえて実は詰まないという順を「偽作意」と呼びます。
 本作の73香成が偽作意として働くためには、
・本当の作意である72香成より有力に見えて
・逃れ順である86歩合が見落とされる

 少なくともこの2項目が必要です。

 そういう意味では、解図されるまでこの作品の真価は分かりません。そして、この偽作意がきっちりと仕事したからこそ記録的な誤解者が出る結果となりました。
 確かに本作は難しいかもしれない。しかしその難しさは圧倒的な読みの情報量を要求する「数の暴力」によるものではなく、人間の心理に大きく依存している。この2つの難しさは、口にする用語は一緒であっても全く異質のものであります。

 もっと言えば、正解順が偽作意のかなり近傍にあったことも評価を語る上で見逃せない要因と考えられます。
 この「偽作意モノ」というジャンル、一般的に言えばあまり評価が伸びません。期待を裏切られるような感じが強いからです。偽作意順をより精密にしたいがために肝心の作意順が見劣りしてしまうのはよくある話。こういう作品には厳しい評価が待っています 
 偽作意モノの作意には偽物以上の魅力が必要です。しかもその上で偽作意の陰に隠れていないといけないのですからこれが本当に大変。予想を裏切りながら期待を裏切らない(←これ自分の口癖です笑)「うまい偽作意もの」の創作難度は想像を絶するものがあります。

 『73ではなく72。こんな近くに正解があったのか。しかし、この一路の違いに気付けない。近くて遠かった…。』と感じられるような視覚的インパクトがあったからこそ、誤解者も晴れやかな気持ちで本作に向かい合うことができたのではないか。
 
※本作発表当時、私はまだ生まれてなかったので上の持論はすべて推測です。

 本作の変化紛れは詰パラに載るような超短編作品群と比べ、際立って多いわけではありません。むしろ少ないぐらいかも。しかし紛れ順の歩中合が巧妙で鮮やかだった。つまり上質なものでした。
 確かに本作は記録的な誤解者数を残しました。しかし、その数字でもってのみ本作は評価され、受賞したわけではない。これが本記事で最も言いたかったことです。



 今回は変化紛れの話のなかでも難しさについての話に終始してしまいました。
 次は変化紛れの内容がどう作品鑑賞に関わってくるか?について話したいと思います(こっちのほうが重要かもね)。
2017/08/04

鑑賞としての詰将棋短編名作選

 鑑賞は初めてだなあ、という方向けの記事。
 
 詰将棋短編名作選という書籍が最近販売開始となりました。



 一般書店には並びません。購入法の告知も詰将棋パラダイス内であったぐらいだったので、正直詰パラ購読者以外の方が購入したくても難しい状況だったのですが、現在は将棋情報局さんにて通販で購入可能になっております。便利ですね。
(最近の私は誰かに頼まれたわけでもないのに、宣伝マシーンになっています)

 名作ばかりが400作。オススメです。
 
 さてその中身なのですが、図面の下にすぐ解答、解説が書かれているレイアウトになっており、「解くときに答えは見えないほうがいいから、ちょっと不便かな」という声もあるようです。
 (ちなみに大学の将棋部の後輩たちにも購入してもらったのですが、みんなが「頑張って解いてみます!」と言ってくれるんですよ。実戦派のみんなに「えー、解かんでいいよ~笑」とも言えず、「堪能してね~」ぐらいの返事にしたんですが笑)
 
 なぜこんなレイアウトなのか。いろいろな理由・事情があるのでしょう。ただ1つ言えるのは、鑑賞派の人にとってはこれ以上有難いレイアウトは無いということ笑。詰将棋・解説を鑑賞物・鑑賞法の解説と捉えると(このあたりは前回の記事に詳しく書きました)、両者はすぐ近くに隣接していたほうがいいとも言えるでしょう。
 偉そうに宣言することじゃないんですけど(汗)、私はノータイムで解答を見ています。どなたが選んだんだろう?どこを評価しているのだろう?といったところがスゴイ気になるからっていうのもありますが。
 
 読みの訓練として購入された方もいらっしゃるでしょうし、「自分で考えた上で鑑賞したい」「自力で気付いたこその感動なんですよ!」という方もいらっしゃるでしょう(解いてもらったほうが大なり小なり作者は嬉しい、っていうのは確かにそうだと思う)。そこの楽しみ方は人それぞれでしょうから私が口出しするようなことではありません。私が言いたいことは1つだけ。「解けた人も解けなかった人も、ハナから解く気ゼロの人も、解説を読もう」!

 詰将棋は問題ではなく表現だ、といったようなことを前回書きました。
 詰将棋が解けて答えも合っていた(解答できた)と、作品の良さ・伝えたかったこと・主張をまるっと理解できた(鑑賞できた)は必ずしもイコールではありません。
 自分の話ですけど、詰将棋を解いて「解けたけどなんか狙い分からんなあ」と思ってなんとも煮え切らない短評を書いて、解説を見てみると案の定作者の主張、作品の良さをちっとも汲み取れていなかったという経験があります。一度や二度じゃありません。
 「良さを汲み取れない自分が想像力不足だったんだ」とか、「良さが伝わるようなつくりかたをしていない作者が悪い」とか、そういうことが言いたいんじゃなくて、解説であったり、作者のコメント、あるいは的確な短評というものは作品理解のために大きな役割を担っているんじゃないかなと思うのです。

 もちろん、熟達した手練に同じことを言うわけではありません。ただ、はじめから完全自力で解答することはとても大変ですし、完全自力で鑑賞し尽くすこともとっても大変です。世の中には解図力、審美眼ともにトンデモナイって人もいますけど、最初からできるわけじゃないし、できないからって詰将棋を語っちゃいけないってわけでもないと思っています。
 簡単に解けちゃった作品が仮にあっても、解説はきちんと読んで鑑賞マインドを1つずつ1つずつ味わっていって、ゆくゆくはもっと多くの将棋ファンの皆様に『詰将棋って本当に「作品」なんだなあ!』と受け売りではなく心から感じてもらえることができれば、作家の端くれとしてとっても嬉しいなあと思います。

 特に短編名作選は詰将棋作家が40年の間に発表されたたくさんの作品から10作を厳選するという選考過程を経ており、なぜその作を選んだのか、どういうところが良いのか?そういった思い入れが滲み出た解説になっているはずなので、作者の情熱、選者の綴る感動体験に思いを馳せて本書を堪能いただければいいんじゃないでしょうか。

 偉そうですみませんm(_ _)m
2017/07/24

詰将棋全国大会、短編名作選について

 全部はとてもとても無理なのでかいつまんで書きます。
 なんか思い出したらまた記事上げます。

■名古屋到着(詰将棋関係ないので読み飛ばし推奨)
 土曜日の12時ぐらいに到着(香龍会は残念ながら今回はパス。鳥取からでは名古屋に午前中に到着できませんでした…)。ホテルに荷物を預け、とりあえずご飯…と思って名古屋駅周辺をブラブラしてみるも人多すぎて名物系のお店はどこも行列。

 よくわからないまま地下鉄に乗る。ちょっと離れたところまで出てひつまぶしでも食べるかと思ったがそこのお店も大行列。3連休だしね。

 うだるような暑さと空腹でフラフラしながら「あ~、もういいわ、コンビニでもなんでもいいから次みた店に入るわ」なんて気持ちで歩いていると目の前にステーキ屋さんが!ステーキ丼ランチ!いいじゃないか…。
 めちゃめちゃな暑さで好き好んで鉄板とご対面してステーキを食べる人は少ないのだろうか、人気店っぽいのにすぐ入れました。大汗かきながらステーキ丼かきこみました。こういうのでいいんだよこういうので。

 そしてさらに歩いてお目当ての三輪碁盤店さんに。
 突然の来訪なのに(しかも初来訪)店主さんには大変よくしてもらいました。色々な駒を拝見することができて眼福でした。
 最近の将棋人気や将棋界、詰将棋などなど、色々な話をしているとあっという間に時間が。「将来いい駒買えるようにも就活がんばります」と挨拶して失礼しました。お邪魔しました。

■前夜祭、短編名作選
 内容については色々なブログで紹介されているので省略。
 久保さんの講義については、スライドが上がっています→ くぼの詰将棋
kifファイルまでついてくるなんてなんて親切設計なんだ…(感涙)

追記:鈴川さん → my cube

 内容も面白く、また軽妙なトーク、プレゼン力も大変参考になりました。
 また私の隣の席は驫さんだったのですが、熱心に講義を聞いて、ノートをとっておられる姿が印象的でした。驫さんと親御さんとは前夜祭でも当日でも席が近くで、たくさんお話しできて楽しかったです。ありがとうございました。
 
 前夜祭会場では、「短編名作選」の販売も行われていました。

 詰将棋パラダイス通巻250号を記念して、詰将棋研究会のメンバーを中心に古今短編詰将棋名作選200局が選定されたのが1976年11月のこと。それに50局を追加して250局を収録した「古今短編詰将棋名作選」が1977年2月に発行された。それから40年がすぎ、角建逸さんを中心に、その続編を発行しようという企画が立ち上がり、短編名作選プロジェクトが発足した。

1976年1月号~2015年12月号までの40年間に発表された短編作品(17手以内)400局を40名の選者が解説、2017年7月16日に名古屋で行われる第33回詰将棋全国大会に合わせて発売される。


→ 詰将棋メモ「短編名作選プロジェクト」  より引用

 私も一部選題、解説を担当いたしました。
 詰将棋ファンはもちろんのこと、指将棋ファンにもオススメできる一冊だと思います。これは買いですよ。
 将棋部の後輩の分も含めて、何冊も持ち帰りました…!

 購入法は詰将棋パラダイス最新号参照。
 SNSの情報によると将棋会館やアカシヤ書店でも購入できるようですが、現時点でも購入可能かどうかは地方民ではわからず。

・前夜祭の後はお酒
 次の日は全国大会だけど、それはそれとして前日も飲みました。
 酒ですよやっぱり。
  
 居酒屋に行って、そのあとは有志でサイゼ○ヤに行きました。
 サイゼリヤでは特に中編色の濃いメンバーで、話が盛り上がりました。 

 もちろん短編名作選の話も。
 久保さん曰く、「やっぱり愛上夫さんはすげえ」とのこと。全くもって同感です。
 明日もあるので名残惜しくも午前2時ぐらいに解散。

■全国大会当日
 普段の会合参加記ではその日あったことを出来る限り書いているつもりですが、全国大会当日に関しては内容が多すぎて無理そうです。
 詰パラに掲載されるであろうレポートを待ちますか。

 ざっくりかいつまんで書きます。

・看寿賞表彰式
 全国大会では看寿賞受賞作品を解説した冊子が配布されるのですね。特に今年の冊子は私にとっての宝物になりそうです。

 短編賞なので一番最初に壇上に上がりました。緊張しました。
 立派な賞状をいただきまして大変幸せでした。もう人生今で終わっても十分じゃないか!?

 時間の関係で受賞者コメントはなく、インタビューがありました。コメントについてちゃんと突き詰めて考えていたわけではないので個人的にホッとしたのですが、「こんなこと話そうかなあ」ぐらいには考えていたことはあったので、せっかく考えたんだしここに書いときます。

『このたびは看寿賞をいただき、大変うれしく思います。厚く御礼申し上げます。今までの全国大会は都合が合わずなかなか顔を出すことができませんでしたが、今回こうして受賞者として全国大会に来ることができたこと、穴を開けずに済んだことは良かったです。
 今回の受賞作は7手詰で、後半5手が主題になっております。序の2手については選考記事でもご指摘があり、意見が別れるところだと思いますが、少なくとも今の私は「入れて良かったな」と思っております。理由について話しだすと長くなるので気になる方はまた個別に訊いてください笑
 最後に1つだけ。私にとってフェアリーの存在はやはり大きいものです。それは単にルールの違いだけの話ではなく、異なる価値観・人に出会えたことが大きいのだと思います。いろんな環境に飛び込むことができて、いろんな反響をもらうことができる。自分に幸運なところがあるとすれば、そこじゃないかなあと。
 最近はWeb Fairy Paradiseやスマホ詰パラなど、インターネット上での多彩な発表先が出てきて、またSNSでのコミュニケーションも活発化してきており、私のようになかなか会合に参加できない地方の詰キストの地理的な不利(そもそもそんなのあるのか?という疑問もあるが)もずいぶん緩和されたように思います。
 いろんな環境からいろんな刺激を受けて、今の自分があります。これからの詰将棋界も、いろんな環境・発表先がお互いにいい影響を与えあって、刺激的で面白い業界になっていくことを祈っております。ありがとうございました。』

 …多分本番だったらこんなにしゃべってないですね…。

・解答競争


 ネットでも話題になった詰将棋。
「香車まだ一枚残ってます」の解説には会場でも笑いがおきました。
 やられたー笑

●いただきもの
 あげきれないぐらい色々頂戴しました。
 本当にありがとうございました。
 しっかり今後に活かせるよう、作品でお返しできるようにがんばりたいと思います。

●懇親会

 たくさん話せました。
 さすがに全員と話すのは無理なんですけど、もう少し多くの方と話せたらと今は悔やんでおります。次回への課題ということで。

 特に、短編の名手のみなさんとお話ししたときはめちゃくちゃ緊張しましたが、大変幸せでした。有難い限りです。

・解散、その後
 懇親会は8時前ぐらいで終了。運営の皆様お疲れ様でした。ありがとうございました! 
 
 その後は恒例(らしい)の有志での二次会へ。
 その後3次会まで行くのですが、前日も飲んでいたためか1時くらいで眠気MAXに。ちょっと早めのお開きとなりました。いま振り返るともったいなかったかもしれません…。




●とり研について
 最後に宣伝を。
 全国大会で山路くんも言ってましたが、2月くらいにとり研最終回を行う予定です。
 詳細が決まり次第、このブログやツイッターなどで告知したいと思います(訳:現時点では全然何も決まってません)
 奮ってご参加ください。よろしくお願いします。
2017/07/14

詰将棋鑑賞、超入門!(2)

各論その1:収束とは?

 詰将棋鑑賞入門、各論です。
 鑑賞は初めてだなあ、という方向け。
 
 前回は「型」を中心に話を進めていきました。
(再掲)
1,序奏
2,主題
3,終わりへ(=収束)

 前回の記事でこの「収束」なるものの重要性を強調しました。いったいこの言葉とは何を指しているのか?今回はここの話が中心です。

 よく収束とは駒を捨てることという説明がされることがあります。間違ってはいません。収束では駒を捨てて、捌いてナンボですから。ただ、それだけだと初めての方には分かりにくいかも。
 私としての定義はこんな感じです。
 

舞台に登場させた演者を遊ばせる(=活用できないまま、そのまま盤上に残骸として残す)ことなく、綺麗な形で舞台から引き下げていく、この風呂敷を畳んでいく過程のこと


 盤上で何かを表現しようとすれば、それを成立させるための舞台が必要です。それをきれいさっぱり片付ける最後の仕上げの過程が収束と捉えることができるでしょう。
 そして、風呂敷をたたむときに一番効率がよく、また味がいいのが捨駒であるから、よく使われる…。というような考え方はいかがでしょうか?




菊田裕司氏作 (近代将棋 平成5年7月号)
2017-07-14a.png

※詰将棋を引用する場合は、作者名と出典を明記するのがマナーです。

32角成、13玉、35角、(イ)24飛、14銀、12玉、13歩、同桂、23馬、同飛、13角成、同飛、24桂、22玉、32香成まで15手詰

 非常に端正な初形。こんなに綺麗な初形にはそうそうお目にかかれません。
 もちろん形は綺麗でも手順がお粗末となれば本末転倒です。本作は手順も綺麗で実に清涼感あふれる作品になっております。

 24の合駒はなんでも良さそうですが、(イ)24他合は22銀、12玉、21銀不成、13玉、25桂で簡単に詰んでしまいます。21銀不成を許さない飛車合が最大の延命策です。
 短編の作品で合駒が出てきたら、それが限定されていること、そしてその合駒ののちの活躍が主題であることが大変に多いので、合駒が出てきたらなんとしても注目してみましょう。
 本作でも合駒の飛が以降の手順と密接に関わっていることがお分かりいただけるかと思います。

 さて今回は収束についての話です。
 13角成、同飛車あたりで本局の「魅せたいところ」である駒捌きは一段落したと判断すると、以降は綺麗な形でさっさとこの詰将棋を終わらせたいところです。以降の3手が収束らしい収束部分と認識できるでしょうか(まあ、このあたりの認識は人ぞれぞれなんで、明確に区別できるものではないと思いますが…)。
 最後の3手は捨駒ではありませんが、良い収束だと思います。
 初手以降、あまり活躍が目立っていなかった33の香車がトドメを刺すピッタリ感がいいと思います。詰め上がりで攻方の駒を余すところなく活用できていると、作品がグッと引き締まって見えます。
 捨駒は詰将棋の美学ではあるものの、捨駒だけが風呂敷を畳む手段ではないということがお分かりいただければ幸いです。

巨椋鴻之介氏作 (将棋春秋 1956/11)
2017-07-14b.png

34桂、同金、23飛、12玉、21飛成、同金、34角成、11玉、12馬!、同玉、23金、11玉、21角成、同玉、22金打 まで15手詰


 これも有名な作品。形がきれいな器量良しさんはやはり良いですね。
 飛を成り込む軽快な序奏があり、その後34馬、11玉とした局面。12金打から精算しても駒が足りない。攻めが切れたように見えた局面で、12馬!の迫力ある飛び込みがありました。

 詰将棋では駒を取る手は俗っぽくて嫌われることが多いのですが、本作では2回も出てきます。しかしいずれの駒取りも全体の流れのなかで、自然に溶け込んでいるのであまり目立たず、嫌味な印象はあまり受けません。
 エグみを感じる駒取りと、感じない駒取り。何が違うのでしょう?うまく説明できません(汗)
 
 中心手が12馬だとすると、23金打ぐらいからが収束といえるでしょうか。
23金という手単独で見れば何の変哲もない手ですし、21角成も駒取りなので純粋な捨駒と同等の価値があるかいうと無いと言わざるを得ません。しかし詰め上がりはスッキリと最小限にまとまっていて、舞台装置を捌き切ったという印象をしっかりと受けます。そういう意味では上々の収束と言えるでしょう。
 風呂敷をたたむためには、なんといいますか、「流れに逆らわない」のが非常に大切なことでして、いくら捨駒が増えるとしても人為的な配置でゴチャゴチャなにか人的な介入を加えるのは興ざめだろうと感じております。

 収束以外の部分でも言えることかもしれませんが、いくらその要素が作品の評価上大切なものだとしても、それはあくまで部分に過ぎません。作品評価は最終的には全体の評価になります。全体の雰囲気を損なってまで何か手を加えるのはちょっともったいないかなあ、と個人的には思います。