2016/04/15

5手ばか詰の手筋(6)

第6回:取らずの手筋

 今回はただ自作を取り上げるがための記事だからか、なんだか急にニッチな筋になりましたね(笑)
 
 取れる駒を敢えて取らない筋は、意味付けによっては普通詰将棋でも実現可能です。

 ばか詰 5手

2016-04-15a.png

解答(白字)→ 13歩成、11玉、22と、同歩、21角成 まで5手詰


 3手目にいきなり21角成とすると同飛とされてしまうので、21歩を取らずに22に移動させて飛筋遮断を維持させます。
 
 このように普通詰将棋でもできる意味付けをばか詰でやっても、まあいいのでしょうけどやっぱり物足りません。せっかくならばばか詰でしかできない意味付けでつくってみたいものです。
 そのように考えて(?)できたのがこれ。

ばか詰 5手 (Web Fairy Paradise作品展 2015/11) 

2016-04-15c.png

 結果稿 → http://www.dokidoki.ne.jp/home2/takuji/WFP92.pdf
 鑑賞室 → http://k7ro.sakura.ne.jp/jTMLView/TMLView.html?../wfp/wfp78-10.xml
 

解答(白字)→ 43飛不成、45金、同飛成、同飛、35金 まで5手詰

 神無七郎氏の解説から一部引用させていただきます。

「取れる駒を取らない」は江戸時代から詰将棋では人気のテーマでした。
もちろん意味付けは普通詰将棋のそれとは異なります。
本局で駒を取らないのは、逆にこの駒で取って貰うため。
そうでないと、金合を取ったときに玉が逃げざるを得なくなります。
玉は今の位置に居て貰った方が良いので、守備力を強化する手順を敢えて選ぶというわけです。


 
 創作起点は、「逃げ場所をつくるため」とはまた違った不成の意味付けの発掘でした。合駒をさせる余地をつくるため両王手を敢えてしないように攻めます。ただそのためには初手42飛成や41飛成ではダメな理由を構築せねばならないわけで、そこでひねりだしたのがこの筋だったというわけ。

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 上の作品のように、ばか詰でしかできない意味付けはまだまだあるはずです。皆様も是非チャレンジしてみてはいかがでしょうか?
 
 では最後に蛇足ながら他の例を。

 ばか詰 5手
2016-04-15b.png


解答(白字)→ 85龍、75馬、65桂、同玉、55金 まで5手詰



 馬を取るような移動合いもできるところ、敢えて移動中合にすることで3手目65桂を空振りにさせます。これで65に逃げるための空間をつくれたわけですね。

 ……ちょっと違うかな?

 
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2016/03/30

5手ばか詰の手筋(5)

 第5回:両王手

 ばか詰であろうと普通詰将棋であろうと、両王手は両王手。意味合いにさして違いはないので早速作品のほう見ていきましょう。
 全部ばか詰で5手。解答は白抜きで図面の下あたりに書いています。 

(敬称略)
神無太郎  (Online Fairy Mate 1994年7月)
2016-03-30c.png

17桂 24玉 21飛 13玉 25桂 まで 5手
有名な詰め上がり。シンプルではありますが、21飛など流石にツボを押さえています。


金子清志  (詰将棋パラダイス 2013年4月)
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19香 21玉 18馬 12玉 45馬 まで 5手
ばか詰ならブルータスも打歩絡めずに実現できます。5枚での表現は実にスマート。完成品です。

小林看空 (Web Fairy Paradise 2013年5月)
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57角 47玉 48銀 58玉 68金 まで 5手
中段玉でとっつきにくい印象。紛れ重視といった趣の初形ですが、案外ひと目で見えた方もいらっしゃるかも。


佐藤宣多 (詰将棋パラダイス 2007年11月)

2016-03-30b.png

62香成 53玉 73飛生 64玉 63飛成 まで 5手
成ったり成らなかったり、開き王手をしたり、角筋を閉じたり。限定開き王手を絡めながら小気味よくバッテリーを入れ替えていく手順はなかなか妙味があります。


 やっぱりバッテリーがあると、超短編らしく見えますね。


2016/02/18

5手ばか詰の手筋(4後)

そっぽ(後)

 前編 → http://fairypara.blog.fc2.com/blog-entry-36.html

 前掲
2016-02-17b.jpg

 上の図で22龍とすれば、14玉と潜り込むことができるのでしたね。
 逃がしたいところへ逃がすといえば、こんな図も考えられます。

2016-02-17c.jpg

 23飛「成」ではなく23飛「生」とすれば、これまた14玉の手を助けることができます。
 表現は違えど、目的は似通っていると言えるでしょう。



 ばか詰でよく用いられる「そっぽ」の意味付けについて、今回は3種類触れてみようと思います。

1,玉が逃げる空間を確保する
 
 一番多く使われる意味付けでしょうね。要するに先ほどの例の14玉のことを指しています。
 そっぽで動く駒として圧倒的に龍が多いのも特徴の1つです。馬は時たま見るかなあ…くらい。

 これまで紹介した作品のなかだと、以下が該当します。

○佐々木寛次郎氏作(詰将棋パラダイス 2006年7月)

6Tm (2)

 85龍 64玉 94龍 75玉 74龍 まで 5手

 そっぽに逃げないと玉を75地点まで引き込めないことをご確認ください。

 この他では、http://fairypara.blog.fc2.com/blog-entry-12.htmlの長谷繁蔵氏作および勇者ロト氏作も同じ意味付けになっていますね。
 
 改めて振り返ってみると、やっぱり多いなあと感じさせられます。


2,互いの利きに干渉しない

 そっぽの動きで稼いだ一路の空間を利用した意味付けと呼べます。この意味付けでも、そっぽで動く駒としては圧倒的に龍が多い。

Ⅰ図 (ばか詰 3手)
2016-02-18d.jpg

59龍、46玉、36金 まで3手詰

 そっぽの妙手感は、常にそっぽをしない王手との比較によって成り立つと言ってもいいかもしれません。Ⅰ図で言うならば、解答者および鑑賞者に58龍と59龍の比較を提示しろということです。上の意味付けは単純で、58龍だと角筋を塞いでしまうのでそこで差別化を図っていることになります。

 この意味付けは普通詰将棋でも可能ですね。中合を考慮しなくても良いばか詰では、良くも悪くも比較的あっさりした表現となります。

 意味付けから表現に辿り着くとすれば、こんな表現法もあります。

2016-02-18e.jpg

 ほぼ一緒なので手順は省略しますが、2の意味付けの範疇で考えるとするなら、そっぽも遠打も似通っているのですね。


3,そっぽ地点で働く
 
 金そっぽや銀そっぽ、桂そっぽなどは主にこの意味付けです。
 これらの駒で大切なのは、2での58龍と59龍の比較のようにそっぽとそうでない手の間での純粋な比較ができないことです。

Ⅱ図  ばか詰 3手
 
2016-02-18a.jpg

 53金、44玉、54金まで 3手詰
 
 初手53金は確かに玉から遠ざかる手のように見えますが、それはあくまで(比較対象がないので)印象だけの話です。54金と活用するための手と考えると、一番自然な手と解釈されても仕方ありません。

 意味付けとしての論理的な面白みを引き出すのは難しいかもしれませんが、1,2の意味付けに比べて多彩なバリエーションが考えられるのもまた事実。使い方次第では結構面白くなる題材だと思います。


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 最後にそっぽが登場するような実際の作品を少しだけ紹介して終わろうと思います。二作ともばか5手詰。答えはちょっと間を置いてからコメント欄に。

佐々木寛次郎氏作(詰パラ 2006年4月)

2016-02-18c.jpg


桝田隆行氏作 (詰パラ 1990年3月)

2016-02-18b.jpg

 

 
2016/02/17

5手ばか詰の手筋(4前)

第四回(前):そっぽ

 前回の記事の解答から。

(自作)39香、38金、37龍、同金、26桂 まで5手詰

 駒を捨てようにも、取ってもらうための駒がない。ならばそれを発生させてしまおう。
 出来はあんまり良くない。

(勇者ロト氏作)15金、同馬、12金、14玉、13金 まで5手詰

 象形は私としてはさほど加点要因にはならないが、本作の場合は別。端への捨駒ってだけでも見えにくいのに、左右対称形を崩す気持ち悪さも相まって心理的な読みにくさをより一層強いものにしているように思えた(深読みしすぎ?)。もちろん、金の二段活用も気持ちいい。


 さてどちらの手順でも、攻方は攻駒を玉から遠ざけるような方向に動かす手順があります。前者でいう37龍、後者でいうと12金がそれにあたりますね。ばか詰ではそんな「そっぽ」の手がよく現れます。これまで紹介してきた作品にもよく登場してきた手順ですよね。

 なぜ作家たちは、そっぽを手順に入れたがるのでしょうか?

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 普通詰将棋を含めると、そっぽと聞いて真っ先に思い浮かべるのはこの作品でしょうか。

柏川悦夫氏作 (詰将棋鞠藻集 昭和26年11月)

2016-02-17a.jpg
 
 初手が意外だというわけです。同じ開き王手をするんだったら、33金などとしたほうがよっぽど使い勝手が良さそうに思えますよね。

 玉から離れる手には、攻駒を敢えて遊ばせてしまうような不利感があると言えそうです。

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 不利感があると言っても、実際に不利だったとしたら作意順として成立しません。詰将棋である以上、そっぽでなくてはいけない意味付けがあるのです。今となっては不利感の演出というより、攻駒(特に龍)の移動を限定するための意味合いが強いのではないかと推測します。身も蓋もない結論ですが…。

 では、そっぽの意味付けにはどんなものがあるのでしょうか?最も多いと思われる意味付けに「空間に余裕をもたせる」というものがあります。もちろん、そっぽの意味付けとして他の表現がないわけではありません。前置きとして軽く触れておきましょう。例えばこんな感じ。

図1
2016-02-17ha.jpg

 67銀、49玉、58龍 まで 3手詰
 58への利きを残す着手として初手47銀と67銀を比較するとすれば、玉に近いぶん47のほうが良いように思えます。しかし後者のほうに「角筋の遮断」という役割を付与させることで、無理やり差別化を図ってやろうという寸法です。

 このような形で、上図でいう67地点(そっぽの地点)に行かねばならない理由を構築してしまえば、一応そっぽにはなります。ただこれは「そっぽに仕立てた(そっぽである必然性が薄い)」感が少し嫌味でしょうか。特に上の図などは、△76角→36角と配置を変えてしまえば折角のそっぽが消えてしまうわけでして、そっぽが出現するかどうかは作者の心次第といった印象を受けます。もちろん、工夫次第で面白くなることはあるでしょうが…。

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 多くのばか詰で、「空間に余裕をもたせる」という意味付けでそっぽが表現されています。
 そっぽという行為から連想する目的として一番自然な意味付けである上、ばか詰らしさも期待できるからでしょう。図1のような意味付けは普通詰将棋でも可能ですし、わざわざフェアリーでやる必要性があまり感じられないのかもしれません。

2016-02-17b.jpg

 上のような図で14玉と入ってもらうためには龍が強すぎます。敢えて22龍と遠ざかって攻めることで、潜り込むための空間を確保します。
 14地点を空ける行為は、相手が進んで14に入ってくれるからこそ意図がはっきりしてくるというものです。このあたりが「ばか詰らしい」と表現した所以です。相手が協力してくれる環境下で初めて成立する手順であるわけですね。

 続きます。
2016/02/12

5手ばか詰の手筋(3)

第三回:捨駒

ばか詰 3手

2016-01-18a.jpg

 第一回の記事でも出た図です。

 そもそもこの図が普通詰将棋では詰まず、ばか詰なら詰む理由は一体なんなのでしょうか?
(毎度毎度ばかばかしい質問ですみません)

 もちろん答えとしては「詰むように逃げてくれるから」となるわけですが、その「詰みやすい逃げ方」とは、一般的性質としてどのような逃げ方なのか?
 
 上の図の正解手順は53歩成、51玉、52銀 まで3手詰でしたね。受方の応手にばか詰と普通詰将棋の差異があらわれているとするならば、上の図をばか詰たらしめているのは2手目に「51玉」と逃げた手ということになります。
 多くの場合、受方は攻方の攻駒が保持されるような手を選びます。そうしなければ上の図など絶対詰まないのですから、当然ですね。先ほどの文章の「逃げる」という単語にもその心理が反映されていると言えるでしょう。普通詰将棋ならば「抵抗する」やら「応じる」となってしかるべき表現です。

 ばか詰で受方は攻めが続くように手を選ぶ。それは大雑把に言えば攻方の駒が残るような応手であり、暗黙の協定の下で応酬が繰り広げられていると表現できるかもしれません。文字通り、「協力」詰というわけですね。

 そしてフェアリストはへそ曲がりですから、そんな自然発生的感覚の逆を行こうと思うわけです。
 
「だったら捨駒を入れてやろう」と。

 ばか詰で捨駒が心理的難手となる理由は、これまでの説明でなんとなくご理解いただけるのではないかと思います。差し伸べられた手を自ら払いのけるような感覚とでも言いましょうか、ばか詰では普通詰将棋以上に、捨駒の非効率性が強調される。だからこそ、不利感や意外性の表出を期待できるでしょうね。
ただ、不利感は確かに演出できますが、実際に不利であることは決して保証されていません。工夫のない捨駒はたとえそれが見えにくいものであったとしても、その意外性が面白さも保証してくれるわけではないのです。一作のテーマとして採用するためには、それ相応の付加価値を作者は用意しなければならないでしょう。もちろん、それを考えるのが創作の楽しみとも言えます。

 なぜ、ばか詰なのに駒を捨てるのか?どうやって捨てるのか?どんな意味付けにするのか?作者の腕の見せどころですね。
 
以下実例。

花沢正純氏作 (詰パラ 1971.2)
ばか詰 3手


2016-02-12a.jpg


有名な図。↓作意順を載せてしまいますがご了承ください。





91飛 同角 22金 まで 3手

 駒の利きを逸らす。今となってはメジャーな意味付けです。
 この意味付けを用いた他の作品としては、第一回フェアリー短編コンクール(WFP 2009/12)の神無太郎氏作などを思い出します。


 アプローチの一例として自作を1つ。
 なんでもかんでも自作をねじ込む厚顔無恥っぷりを発揮してしまい恐縮ですが、記事を書くにあたり、あんまやってなさそうな分野をマッチポンプで埋め合わせているだけです。一人芝居は寂しいので、願わくば後のどなたかに、決定版でもって自作なんか蹴散していただきたい。

ばか詰 5手 (未発表)

2016-02-12b.jpg

色々気に入らないところがあるので、とても投稿できる代物ではありません。
お膳立てとしてのテーマが用意されて、やっとギリギリ人前に出せるかどうか…。
駒を捨てる理由というより、駒をどうやって捨てるのかがテーマになっています。


最後は、立派な作品に登場してもらいましょう。

勇者ロト氏作 (詰パラ 2012.5)
ばか詰 5手

2016-02-12c.jpg


 近年の5手ばか詰のなかでは印象に残っているうちの一作です。
 ノーヒントならめちゃくちゃ難しいのでは?いやー、これは本当に見えなかった。

 解答はコメント欄ではなく次回の記事で。