2017/08/04

鑑賞としての詰将棋短編名作選

 鑑賞は初めてだなあ、という方向けの記事。
 
 詰将棋短編名作選という書籍が最近販売開始となりました。



 一般書店には並びません。購入法の告知も詰将棋パラダイス内であったぐらいだったので、正直詰パラ購読者以外の方が購入したくても難しい状況だったのですが、現在は将棋情報局さんにて通販で購入可能になっております。便利ですね。
(最近の私は誰かに頼まれたわけでもないのに、宣伝マシーンになっています)

 名作ばかりが400作。オススメです。
 
 さてその中身なのですが、図面の下にすぐ解答、解説が書かれているレイアウトになっており、「解くときに答えは見えないほうがいいから、ちょっと不便かな」という声もあるようです。
 (ちなみに大学の将棋部の後輩たちにも購入してもらったのですが、みんなが「頑張って解いてみます!」と言ってくれるんですよ。実戦派のみんなに「えー、解かんでいいよ~笑」とも言えず、「堪能してね~」ぐらいの返事にしたんですが笑)
 
 なぜこんなレイアウトなのか。いろいろな理由・事情があるのでしょう。ただ1つ言えるのは、鑑賞派の人にとってはこれ以上有難いレイアウトは無いということ笑。詰将棋・解説を鑑賞物・鑑賞法の解説と捉えると(このあたりは前回の記事に詳しく書きました)、両者はすぐ近くに隣接していたほうがいいとも言えるでしょう。
 偉そうに宣言することじゃないんですけど(汗)、私はノータイムで解答を見ています。どなたが選んだんだろう?どこを評価しているのだろう?といったところがスゴイ気になるからっていうのもありますが。
 
 読みの訓練として購入された方もいらっしゃるでしょうし、「自分で考えた上で鑑賞したい」「自力で気付いたこその感動なんですよ!」という方もいらっしゃるでしょう(解いてもらったほうが大なり小なり作者は嬉しい、っていうのは確かにそうだと思う)。そこの楽しみ方は人それぞれでしょうから私が口出しするようなことではありません。私が言いたいことは1つだけ。「解けた人も解けなかった人も、ハナから解く気ゼロの人も、解説を読もう」!

 詰将棋は問題ではなく表現だ、といったようなことを前回書きました。
 詰将棋が解けて答えも合っていた(解答できた)と、作品の良さ・伝えたかったこと・主張をまるっと理解できた(鑑賞できた)は必ずしもイコールではありません。
 自分の話ですけど、詰将棋を解いて「解けたけどなんか狙い分からんなあ」と思ってなんとも煮え切らない短評を書いて、解説を見てみると案の定作者の主張、作品の良さをちっとも汲み取れていなかったという経験があります。一度や二度じゃありません。
 「良さを汲み取れない自分が想像力不足だったんだ」とか、「良さが伝わるようなつくりかたをしていない作者が悪い」とか、そういうことが言いたいんじゃなくて、解説であったり、作者のコメント、あるいは的確な短評というものは作品理解のために大きな役割を担っているんじゃないかなと思うのです。

 もちろん、熟達した手練に同じことを言うわけではありません。ただ、はじめから完全自力で解答することはとても大変ですし、完全自力で鑑賞し尽くすこともとっても大変です。世の中には解図力、審美眼ともにトンデモナイって人もいますけど、最初からできるわけじゃないし、できないからって詰将棋を語っちゃいけないってわけでもないと思っています。
 簡単に解けちゃった作品が仮にあっても、解説はきちんと読んで鑑賞マインドを1つずつ1つずつ味わっていって、ゆくゆくはもっと多くの将棋ファンの皆様に『詰将棋って本当に「作品」なんだなあ!』と受け売りではなく心から感じてもらえることができれば、作家の端くれとしてとっても嬉しいなあと思います。

 特に短編名作選は詰将棋作家が40年の間に発表されたたくさんの作品から10作を厳選するという選考過程を経ており、なぜその作を選んだのか、どういうところが良いのか?そういった思い入れが滲み出た解説になっているはずなので、作者の情熱、選者の綴る感動体験に思いを馳せて本書を堪能いただければいいんじゃないでしょうか。

 偉そうですみませんm(_ _)m
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