2017/07/14

詰将棋鑑賞、超入門!(2)

各論その1:収束とは?

 詰将棋鑑賞入門、各論です。
 鑑賞は初めてだなあ、という方向け。
 
 前回は「型」を中心に話を進めていきました。
(再掲)
1,序奏
2,主題
3,終わりへ(=収束)

 前回の記事でこの「収束」なるものの重要性を強調しました。いったいこの言葉とは何を指しているのか?今回はここの話が中心です。

 よく収束とは駒を捨てることという説明がされることがあります。間違ってはいません。収束では駒を捨てて、捌いてナンボですから。ただ、それだけだと初めての方には分かりにくいかも。
 私としての定義はこんな感じです。
 

舞台に登場させた演者を遊ばせる(=活用できないまま、そのまま盤上に残骸として残す)ことなく、綺麗な形で舞台から引き下げていく、この風呂敷を畳んでいく過程のこと


 盤上で何かを表現しようとすれば、それを成立させるための舞台が必要です。それをきれいさっぱり片付ける最後の仕上げの過程が収束と捉えることができるでしょう。
 そして、風呂敷をたたむときに一番効率がよく、また味がいいのが捨駒であるから、よく使われる…。というような考え方はいかがでしょうか?




菊田裕司氏作 (近代将棋 平成5年7月号)
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※詰将棋を引用する場合は、作者名と出典を明記するのがマナーです。

32角成、13玉、35角、(イ)24飛、14銀、12玉、13歩、同桂、23馬、同飛、13角成、同飛、24桂、22玉、32香成まで15手詰

 非常に端正な初形。こんなに綺麗な初形にはそうそうお目にかかれません。
 もちろん形は綺麗でも手順がお粗末となれば本末転倒です。本作は手順も綺麗で実に清涼感あふれる作品になっております。

 24の合駒はなんでも良さそうですが、(イ)24他合は22銀、12玉、21銀不成、13玉、25桂で簡単に詰んでしまいます。21銀不成を許さない飛車合が最大の延命策です。
 短編の作品で合駒が出てきたら、それが限定されていること、そしてその合駒ののちの活躍が主題であることが大変に多いので、合駒が出てきたらなんとしても注目してみましょう。
 本作でも合駒の飛が以降の手順と密接に関わっていることがお分かりいただけるかと思います。

 さて今回は収束についての話です。
 13角成、同飛車あたりで本局の「魅せたいところ」である駒捌きは一段落したと判断すると、以降は綺麗な形でさっさとこの詰将棋を終わらせたいところです。以降の3手が収束らしい収束部分と認識できるでしょうか(まあ、このあたりの認識は人ぞれぞれなんで、明確に区別できるものではないと思いますが…)。
 最後の3手は捨駒ではありませんが、良い収束だと思います。
 初手以降、あまり活躍が目立っていなかった33の香車がトドメを刺すピッタリ感がいいと思います。詰め上がりで攻方の駒を余すところなく活用できていると、作品がグッと引き締まって見えます。
 捨駒は詰将棋の美学ではあるものの、捨駒だけが風呂敷を畳む手段ではないということがお分かりいただければ幸いです。

巨椋鴻之介氏作 (将棋春秋 1956/11)
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34桂、同金、23飛、12玉、21飛成、同金、34角成、11玉、12馬!、同玉、23金、11玉、21角成、同玉、22金打 まで15手詰


 これも有名な作品。形がきれいな器量良しさんはやはり良いですね。
 飛を成り込む軽快な序奏があり、その後34馬、11玉とした局面。12金打から精算しても駒が足りない。攻めが切れたように見えた局面で、12馬!の迫力ある飛び込みがありました。

 詰将棋では駒を取る手は俗っぽくて嫌われることが多いのですが、本作では2回も出てきます。しかしいずれの駒取りも全体の流れのなかで、自然に溶け込んでいるのであまり目立たず、嫌味な印象はあまり受けません。
 エグみを感じる駒取りと、感じない駒取り。何が違うのでしょう?うまく説明できません(汗)
 
 中心手が12馬だとすると、23金打ぐらいからが収束といえるでしょうか。
23金という手単独で見れば何の変哲もない手ですし、21角成も駒取りなので純粋な捨駒と同等の価値があるかいうと無いと言わざるを得ません。しかし詰め上がりはスッキリと最小限にまとまっていて、舞台装置を捌き切ったという印象をしっかりと受けます。そういう意味では上々の収束と言えるでしょう。
 風呂敷をたたむためには、なんといいますか、「流れに逆らわない」のが非常に大切なことでして、いくら捨駒が増えるとしても人為的な配置でゴチャゴチャなにか人的な介入を加えるのは興ざめだろうと感じております。

 収束以外の部分でも言えることかもしれませんが、いくらその要素が作品の評価上大切なものだとしても、それはあくまで部分に過ぎません。作品評価は最終的には全体の評価になります。全体の雰囲気を損なってまで何か手を加えるのはちょっともったいないかなあ、と個人的には思います。
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